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Voices: Previous Life Therapy

前世・未来世療法体験談

前世・未来世療法
Case File-1:古代エジプトの女性からのメッセージ
Case File-2:ダンス仲間との邂逅
Case File-3:仲間たち、家族との深い絆
※以下3つの前世・未来世療法体験記には都内のダンススクールに通う友人同士の3人から寄せられたものです。驚くべきことに3人とも同じ過去世を生きたことが前世・未来世療法を通して確認できました。
Case File-1:古代エジプトの女性からのメッセージ

 

私は前世・未来世療法を受けました。本当に自分自身の歴史を知るきかっけになった1日になりました。 こういったセッションを受けるのは初めてと共に、テレビや映画とかの世界で見ていただけだったので、「本当に自分にもわかるの??」と正直半信半疑的なところもなきにしもあらずだったのですが当日は、自分を知りたいという気持が自然に沸いてきて、とてもリラックスしてセッションを受けられたような気がします。

 

お部屋もとても落ち着いていて、初めてだけどあまり緊張感を感じない空間でした。そして今回のセッションで過去の自分の一部を知ることができた事により自分が無意識に興味ある場所やもの、やろうとしている事、今の自分に与えられた夢や目標に関するテーマがとても理解できた気がします。

 

実はセッションを受けたあと、帰り道を歩く足がすくんでちゃんと歩けなくなり、帰りの電車の中でセッション中に音羽さんが質問してくれたけどその時見えてこなくて答えることができなかったことがたくさんでてきました。 最初はセッションの余韻が頭に残って、自分の中で「妄想」を作ってしまっているだけなのかと思いましたが、それにしてはあまりにもいつもの自分と違う感情がどんどんわいてきて、なんだか自分が二重人格になったような感覚になりました。

 

そこで自分から出てきた事は、(長くなりますが・・・・すみません)光景や周りの人たちがはっきり見えるわけではないのですが、感覚で思い出したようなのです。 どうやら過去の私は古代エジプトのアメンヘテプ3世の時代に生きた女性。(あとから調べたら紀元前1400年前後)新王朝時代が絶頂期だったころ、 ファラオや神官の住む?神殿のようなところで使える女官の大勢のうちの一人だったようです。音羽さんとお話したときに、私が過去生で、エジプトで香炉のようなものを持っていると、私に言ってくれたこともそこに通じていたのかもしれないです。 そして踊りや太鼓も、いわゆるダンスとしてではなく宗教儀式の中で行なっていました。でも当時の情勢や自分自身のおかれた立場、生活にものすごく不満というか 違和感を感じていて、踊りや太鼓の練習も人より上達せず、それが苦痛で踊ることに幸せを感じていませんでした。逆に嫌だけど無理していたような・・・ 常に「嫌だ嫌だ」という感情しかもてず、自分自身がその時代に生まれてきたこと自体に嫌悪感をもっていたようなのです。他にやりたいことがあっても それが自由にできないジレンマのようなものを抱えていたようです。 そして突然「そうだ。自分は死んだんだ」ということを思い出しました。

 

「過去の自分」だからもちろん一度は死んでいるのですが、どうやら自らの命を絶ってしまったようなのです。その場所がナイル川で、身を投げてではなく入水の形で。 そして今思うと、最初の導入のところで自分が砂漠にいる場面の時、確かに白い岩の上に裸足でいたり、ねころがってはいるのですが、そこに足をつけているというよりも浮いているような感覚でした。逃げだしてそこにたどり着いたような感覚もありました。そして遠くで、私のその当時の名前を呼んでいる数人の人たちは、一緒に神殿に仕えてていた仲間たちで呼ばれても自分はそこにはどうもいきたくない。 そして来てほしいのだけど、向こうからも来ない。近いようで遠い距離感は、もしかしたら、すでにその場面では自分は命をたってしまったあとだったのかもしれないとふと思いました。

 

そしてエジプトとは別の過去生のヨーロッパのとある町に住む花屋の「私」は、お金はないけれど好きなことをして穏やかにささやかにくらせる。そのこと自体に感謝して日々平凡だけれども楽しく暮らしていて、花一本の売り買いのお客さんとのやりとりにも幸せを感じていたようです。 音羽さんがセッション中の誘導で数字をカウントしている時にふと、「私」が一輪のバラを橋から川にそっと投げたとき、なにを思っていたかも思い出しました。 「その時の私」も、過去のエジプトで川に自ら命を投げた自分を思い出して川に献花をしたようなのです。 セッションの最初の部分でリラックスしていくなか涙が溢れてきたときに、「私はこの世に生まれてきて本当によかった」という感謝の気持でした。

 

これも前世で自分の人生をまっとうできなかったことに対しての思いからだったのかなと。 そして今の現世でであった、ダンスを通じて色々な夢を話せる二人の仲間と師匠である先生は砂漠で私を呼んでくれていた、一緒にすごしていた仲間。 「砂漠にいたとき」は誰だかぼんやりしてわかりませんでした。ただ遠くから手を振ってくれていました。当時はあまり親密な付き合いはなかったみたいですが、 最後にこころから楽しんでステージで踊る自分たちの姿。最後に三人で「あえてよかったね」と、手をとりあって再会を喜んでいる姿はものす ごく鮮明でした。そんな感覚に陥りながら、途中で、自分が自分と会話をしていました。昔の私は「私ができなかったことをあなたは今やってね。」と言っていました。

 

本当に説明しがたい感覚で、頭がおかしくなったのか?と思いましたがもうそのわきでるものが押さえられず、電車の中でも涙がでそうになって 仕方ありませんでした。自宅に戻り、普通に家族と会話をしたら、元に戻りましたが、夜中に、きっと川の中でもがいていたのか・・ 胸や呼吸が苦しくなったりして、夜中に目が覚めて携帯をみると、なんと今までメールしてもお返事はなかった、ダンスの師匠の先生からお返事が届いていたのです!!そのあともひたすら涙でした。 そして今の私がエジプトと中欧の共通する、川と橋の光景に惹かれるのも、エジプトの中でもピラミッドと砂漠の他、あまり古代のエジプトを感じさせる神殿や 場所にはあまり縁がないというか興味がもてないのもわかる気がしました。そして見守ってくださる大きな存在が表してくださったメッセージを大事にしていこうと思いました。

 

そのほか、チラッとですがスリランカで民族舞踊を踊っていたり、グランドキャニオンでスカイダイビングのようなものをしている自分もふっとよぎったりしました。 まだまだ知らない自分の歴史がきっとあるのでしょうね。今回は今自分が進んでいこうとしている夢や目標みたいなことに対して 掛かり合いのある過去生で、恋愛や家族愛など別の問題を提起した時にはまた違う自分の過去がでてくるような気がします。 そして今は落ち着いていますが、こうした「感覚」や「記憶」を急におもいだした場合は、それが湧き出ることに身を任せてしまっていいのでしょうか? やめようとしても昨日は感情があふれ出してとまらなかったのですが・・・ とにかくはじめての体験なのでとまどいもあります。 とにかく。すっごい長くなってしまいましたが、実際に自分の歴史を体感できたことと、音羽さんともご縁を戴き、導いてもらったことにひたすら感謝しています。 また色々「転機」となる時期を迎えたら、また「自分に」会いにサロンにお邪魔しますね。 本当にありがとうございました。

 

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Case File-2:ダンス仲間との邂逅

最初の舞台は、ピラミッドが見える、白い円柱のある古代の神殿だった。ここで私は仲間たちと共に神に遣え、舞を舞っていた。その時に見えたのが今のダンスの仲間たちだった。

 

次に私はひとり、岸壁から海を眺めていた。こころには深い孤独を感じていた。愛する人たちと別れなければならない悲しみもあった。たぶん、数日後には、私のいのちが生贄として捧げられる運命だったけれど、その様な気持ちから信仰を最後まで貫けなかったのだろう。この信仰から切り離されてしまった痛みが一番つらいものだった。

 

時代が移り、足元には赤い絨毯。私は金の靴を履いている。私は仲間たちとお揃いの赤と金のシフォンの衣装を身につけて、絨毯の上でくつろいでいる。この時、私は幸せではなかった。その理由は、本来は神の為の舞なのに、生きるために、男性を喜ばせる為の見世物として踊らなければならなかったからだ。私が私で無くなるという狂いそうな感覚。生きているのに死んだも同然。そんな気持ちだった。それでも、私の傍にはこころを通わせる仲間がいてくれた。つらいとき、苦しい時、やさしさで包んでくれていたこころの友。その顔をみると、やはり、今親しくしている仲間たち!呼び名は今と同じダンサーズネームで、私はNeNeという愛称で呼ばれていた。思い出した瞬間、懐かしさに胸がいっぱいになり、涙がとめどなく溢れていた。それはあったかい涙だった。

 

それでも現実の厳しさに耐えられなくなった私は、その仲間たちを誘って、思い切って砂漠に飛び出した。クリスタルの煌めく砂漠で、私たちは本当に晴れやかな気持ちで、時が経つのを忘れて輪になって踊っていた。ガラベーヤの様な、民族衣装を身につけて。

 

こころで感じて踊るのって、なんて素晴らしいんだろう!

ああ、この喜びをもっと伝えていきたい!

これが、幾転生をかけて果たしたかった願いと再会した瞬間だった。

 

そして時は流れ、私の目の前には黄色い壁のとても美しい町並みが広がっていた。私はハーブの生い茂るパティオで、仲間たちと午後のティータイムを楽しんでいた。私たちは談笑しながら、その豊かな時間を過ごしていた。この時の仲間も、今のダンス友達!みんなとお茶するだけなのに、なぜかこんなにもこころときめくのが不思議だな!と思っていたけれど、その訳がようやくわかった気がする。私たちは、この平和で満ち足りた時間がたまらなく好きなのだ。

 

それから、導きに従って末来をちらっと見てみると、そこは立派なベルベットのカーテンのついた小劇場と、観客の温かな眼差し。前で踊っているのは私たちの生徒参たちだろうか。きらびやかな衣装を身につけている。私はガラベーヤの様な衣装を着て、舞台の袖から出番を待っている。もちろん、今の仲間と共に。こころは、とてもワクワクしていた。

 

最後に、光の中から見たことのない白髪&白髭のおじいさんが現れた。どうやらこの人が、私のはハイヤーセルフらしい。「何か聞きたいことがあれば質問してください。」と言われたので、「わたしの歩みはこれでいいんでしょうか?」と聞いてみた。すると・・・「あなたのこころが自然と感じることを、こころのままにおやりなさい。」と返事が返ってきた。なんとシンプルな答え!

 

目が覚めた私のこころは、すっかり風の凪いだ穏やかな海の様だった。そして決して壊れることのない仲間との絆という贈り物を心にしっかりと抱いていた。迷いや戸惑いから完全に解き放たれた私は、信じられないくらい軽やかな足取りでセラピールームを後にした。

 

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Case File-3:仲間たち、家族との深い絆

 

ダンスを共に踊っているAさんが「前世・未来世療法」を受けてすぐにメールを送ってくれました。「私たち、古代エジプトでも一緒だったわ!」その数日後、やはり同じメンバーのBさんも同じセラピーを受けて「やっぱり私たち一緒だったのよ!」と話してくれました。それでは、私も行って確かめてこよう!そんな軽い気持ちで「Light your way」さんにお邪魔しました。

 

音羽さんに導かれて最初に辿り着いたところ・・・・正直、場所はよくわかりませんでした。どこに立っているかもわかりません。 やがて、自分は砂漠に横たわっていることに気がつきます。 そして何ともいえない孤独感につつまれていました。 何故孤独なのですか?という問いに 「皆、いなくなってしまったから・・・・・」と私は答え、涙がこぼれました。

 

ではいなくなってしまった皆とは誰なのだろう?と少し時代を戻ってみると・・・・・ピラミッドが見えてきました。ああ!やっぱりエジプトにいたのです。そして私の周りには今一緒に踊っているAさんとBさん。Bさんの隣には私たちが踊りを習っている先生がいました。皆の言うとおり、私たちはエジプトで一緒に時をすごしていたのでした。

 

時代がまた進みます。今度は場所はよくわかりませんが私は夫と(これは今の夫です)子供2人に囲まれて幸せな生活を営んでいました。驚きました・・・・・子供は2人とも、現世での私の甥たちなのです。顔は違ってもそれははっきりとわかりました。子供たちは成長し、たくましく美しい男性に成長しました。そして私にメッセージをくれたのです。「お母さん、愛しているよ」と。涙が止まらなくなりました。子供がいない私が今まで感じたことのない感情が心の底から湧きあがりました。きっと「母の思い」とはこういうものなのでしょうね。そして私も言いました。「私も、あなたを愛している」と。

 

セラピーの最後に気がついたのですが、私はこの子供たちを失ってしまったようです。多分、戦いに借り出されてそこで命を落としているようです。私が現世で何故子供を持ちたがらないのか、その理由がここにあったのだ、とわかったのです。甥達は、私に会うためにやってきてくれたのかもしれません。

 

私はハイヤーセルフから子供の魂を受け取りました。子供を取り戻した私は、あたたかい思いに満たされていきました。

 

さて、ダンス仲間との縁は別の時代でもあったのです。次に私が到着したところは、たぶんヨーロッパ。イタリアのフィレンツェ。赤い屋根が並んで、川が流れて橋がかかっています。石畳の坂道を、たくさんの花に囲まれて私は友人たちと笑いながら学校に向かいます。その友人達こそ、いつものダンス仲間です。芸術を学ぶためのアカデミーに通っていたようで講師も今のダンスの先生でした!ここでも私たちは師弟関係にあったのでした。

 

数年後、私はBさんと先生が舞台袖で見守る中ステージに立っていました。音楽があって、芝居もあるようで、踊りも踊っているようで・・・・何をステージでやっているのかはその時わからなかったのですが後で考えたら、オペレッタのようなものではないかと。その時、一緒に学んでいたはずのAさんの姿はありませんでした。どうも、目指す芸術性に違いが生じて離れてしまったようでした。

 

しかし十年後。私はもっと大きな舞台に立っていました。そしてそばにはAさんとBさんが一緒に!また三人は一緒に活動を始めたのです。私たちの絆はこんなに深いものだったんだ・・・・ということを感じ、嬉しくなりました。

 

最後にハイヤーセルフの方が現れます。白い存在で、はっきりとお顔などはわかりませんでした。「楽しみなさい。歌って踊って、どんどんやりなさい」そんなメッセージを私に下さったのですがあまりにもくだけたひょうきんな?感じで驚きました。もっと神々しい声で聞こえるかとおもったのです。しかし、どこかで聞いたことのある声だと思いました。これも帰り道に気づいたのですが数年前に帰天した、私の高校時代の恩師だったのです。私に歌うこと、踊ることの喜びを最初に教えてくれた人でした。先生がいなかったら、今の私はなかったでしょう。そんなことを思い出し、先生が見守ってくれていることに心から感謝をしました。

 

仲間たち、そして私の今の家族とのつながりを確認できて、いままでよりももっと皆に愛情を感じ、そして感謝をしました。皆に、そして目に見えない大きな存在の方に。出会ってくれてありがとう、出会わせてくれてありがとう、と。

 

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